激しい感情の変化によって生まれた熱が原因で突然起こる、強いめまい
精神情緒や消化吸収機能、基本物質の流れを調節し、筋膜や腱に滋養とうるおいを与えることを、肝の「疏泄」機能といいます。中医学では、自然界のすべてのものごとを木・火・土・金・水のいずれかにふり分けます。肝は木に属し、また、めまいの原因となる風邪は肝を侵しやすいところから、肝は「風木の臓」といわれます。ですから、めまいと肝は密接な関係があるといえます。
せっかちな人や感情の起伏の激しい人が強いストレスを受けて、怒りや悩みを発散できないまま強くおさえすぎると、肝の疏泄機能が滞って(「肝気鬱血」)、気や血の流れが停滞し、五臓の生理作用を乱すため、精神情緒が不安定になります。
めまい、胸の脇の脹りと痛み、胸苦しい、ため息、乳房が脹る、月経不順、弦を張ったような脈などの症状には、肝の熱を冷まし、機能を高めて気や血の流れを回復するため「小柴胡湯」や「柴胡加龍骨牡蛎湯」「加味逍遥散」を使います。これらは、熱性の症状が現れているときのも使うことができます。
この状態が続くと体内で熱が生まれ(「肝鬱化熱」)、まもなく火に変化して燃え上がります(「肝鬱化火」)。
これが引き金となって風が生まれると、激しいめまい、頭の脹りと痛み、顔面紅潮、目の充血、耳鳴り、難聴、不眠、イライラ、怒りっぽい、のどが渇く、口が苦い、月経過多、便秘、舌が紅く黄色い苔がつく、弦を張ったような力のある脈をふれ脈拍数が多くなる、といった諸症状が現れます(「肝火上炎」)。
熱がすぐに火に変化しない場合でも、熱によって精や血、津液が傷つけられ、これに肝の疏泄機能の失調による気や血、津液の生産量不足が重なると、肝の活動に必要な精や血、津液(「肝陰」)が不足するようになるため、相対的に余りよりどころを失った機能(「肝陽」)が突き上げ、肝火上炎によく似た症状が現れます(「肝陽上亢」)。
肝陽上亢のめまい
①精や血、津液の不足(陰虚)の症状に強い熱(肝火)の症状をともなうもの。
②陰虚の症状が少なく、肝火に近い症状が現れるもの。
③陰虚と肝火の症状がともに明らかなもの。
この3つのタイプがあります。
肝火上炎のめまいは、肝や腎の精や血、津液の不足(「肝腎陰虚」)による腰痛や、ひざに力が入らないなどのほか、脈や舌に虚を示す症状をともなわないという点で、肝陽上亢のめまいとは異なります。
肝火上炎のめまいは、肝火をおさえる力の強い「竜胆瀉肝湯」で治療します。肝陽上亢のうち①のタイプには、肝と腎の精や血、津液を補い熱を冷ます「
杞菊地黄丸」、②のタイプには、熱を冷ます力の強い「天麻鈎藤飲」や「滋陰降火湯」、③のタイプには、精や血、津液を補う力の強い「鎮肝熄風湯」や「大定封珠」が有効です。
一般的な痛みと痛風乾燥が進むと、全身の熱症状をともなう強いめまいが起こるの痛みの考え方
精は血に変化し、血は精から生まれ、また、肝は血をたくわえ、腎は性をたくわえるところから「肝腎同源」といわれるほど、肝と腎の関係は密接です。したがって、肝の血や津液が不足すると、すぐに腎の精や津液も損なわれます。反対に、腎の精や津液が不足すると、必ず肝の血や津液も不足するようになります(肝腎陰虚)。
肝と腎には、全身を温めて栄養代謝を行う生理機能(「相火」)があります。肝腎陰虚が進むと、この機能がよりどころを失って異常に亢進し(「相火妄動」)、火邪に変化して、突き上げます(「陰虚火旺」)。症状は肝陽上亢とほぼ同じですが、腎の精や津液は、単に肝の血や津液を補うだけでなく、全身の精や血、津液のおおもととなるため、心や肺、胃の精や血、津液も不足して、全身の症状をともないます。
たとえば、肝陽上亢の症状に、どうきが強くなる、物忘れ、夢をよくみる、手のひらや足の裏あるいは胸の奥の熱感、のぼせ、寝汗、痩せるといった症状をともなうのは「心陰虚」、たんをともなわない乾いたせきが出る、のどの乾燥、のどが渇く、しわがれ声、ほおの紅潮、たんに血が混じるなどの症状をともなうのは「肺陰虚」、食欲不振、胃のつかえ、吐きたいのに吐けないなどの症状をともなうのは「胃陰虚」というように、複数の臓腑の陰虚にともなう全身症状が現れます。症状が広い範囲に現れ、しかもからだの奥深くにまでおよぶ点で、肝陽上亢の症状とは異なるのです。
治療は、肝と腎の精や血、津液を補いながら熱を冷ます「知柏地黄丸」や「加減一陰煎(生地黄・芍薬・麦門冬・熟地黄・炙甘草・知母・地骨皮)」で行います。これらを基本にして、心陰虚の症状をともなうときは、心と腎の精や血、津液を補いながら熱を冷ます「
天王補心丹」、肺陰虚の症状をともなうときは、肺の津液を補って炎症を補って炎症をおさえる「養陰清肺湯」や「四陰煎(生地黄・麦門冬・芍薬・百合・沙参・生甘草・茯苓)」、胃陰虚の症状をともなうときは、胃の津液を補ってせきを止める「
麦門冬湯」や四煎陰などを合わせて使います。
水分代謝が悪くなって生まれた不要な水分がめまいを引き起こす
肝の機能の滞りが長引いて、体内にこもった熱が精や血、津液だけでなく脾胃の機能を傷つける場合(「気陰両虚」)にも、めまいが起こります。頭痛、耳鳴り、疲労倦怠感、手足に力が入らない、食欲不振、消化不良、腹が脹ったり鳴るなどの症状が現れたときは、脾胃の機能を高めて津液を補いながら肝の機能の亢進をおさえる「
釣藤散」が効果的です。
水分代謝が悪くなって生まれた不要な水分がめまいを引き起こす
水分代謝を行うのは、脾と腎、肺で、これをコントロールするのは肝です。いずれかの臓の機能が失われると、水分代謝ができなくなり、からだに必要のない水分が停滞します。これが集まって変化した粘液性の病因物質を総称して痰濁といいます。
痰濁は、脾・腎・肺のいずれかの機能が失調すると生まれます。なかでも、「脾は生痰の源」といわれるように、血や津液をつくって送り出す脾胃の機能が失調するために、痰濁が生まれる場合が多くみられます。
痰濁が滋養物質の通り道(三焦)をふさぐと、最も小さくて軽く、きれいな無形の滋養物質である「清陽」が昇れず、脳の滋養が不足して機能が低下するので、めまいが起こります。
眠気、むかつき、吐き気、食欲不振、腹が脹って苦しい、からだが重だるい、舌にべっとりした苔がつく、滑らかな脈をふれるなどの症状をともなうときは、脾胃の機能を高め痰濁を除く「
半夏白朮天麻湯」を使います。
脾胃の機能低下が進んで胃腸が冷えると、余った水分が痰濁よりも力の弱い病因物質である「水飲」となって胃腸にとどまるため、腹が鳴ったり、ポチャポチャという水の音がするようになり、ふわふわとした感じのめまいが起こります。このときは、脾胃を温めながら水飲を除く「
苓桂朮甘湯」を使います。また、腎の機能がおとろえて全身を温める熱量が不足し、水液を蒸気のように小さな滋養物質に変える力が不足すると、寒がる、手足の冷え、むくみ、泥状便、舌の色が淡くみずみずしい、脈が細く力がないといった症状が加わります。このときは、腎の機能を補って脾胃を温め、冷たい水飲を除く「真武湯」「
牛車腎気丸」や「苓姜朮甘湯」「理飲湯(白朮・乾姜・桂枝尖・炙甘草・茯苓・白芍・橘紅・厚朴)」などを使います。
不要な水分が熱を帯び脳の活動をさまたげると強いめまいが起こる
火邪は、ストレスや怒りなどによって肝で生まれるほか、こってりしたものや脂っこいもの、辛いもの食べ過ぎ、酒の飲み過ぎが原因となり、胃で生まれます(「胃熱」)。
肝の疏泄機能が失調すると、全身に張りめぐらされた津液の通り道(三焦)を調節できなくなったり、脾胃の機能を傷つけ(「肝気横逆」)、栄養代謝が悪くなるために津液の流れが滞り、痰濁に変化します。痰濁がとどまると、胃熱や肝の機能の停滞によって生まれた熱を受けて「痰火」となります。
痰火が肝や胃の気とともに突き上げると、脾胃の機能をさまたげるため、清陽を上昇させ、からだに必要のない廃物を下降させることができなくなります。しかも、脳の活動をかき乱すため(「痰火上擾」)、突然強いめまいが起こります。吐き気、難聴、耳鳴り、頭痛、頭からの発汗、イライラ、不安感、口の乾燥、口が苦い、発作的あるいは一時的に起こるどうき、胸の脇の痛みや脹りなどの上半身の熱症状と、下肢の冷えといった下半身の冷えの症状が同時にみられ、症状が激しいと意識障害がおこります。舌は紅く黄色くべっとりした厚い苔がつき、弦を張ったような滑らかな脈をふれ、脈拍数が多くなります。
この場合には、火を消しながら痰を除きます。原因が肝にある場合は
小柴胡湯あるいは
柴胡加龍骨牡蛎湯で、肝の熱を冷まし疏泄機能を回復して三焦の通りをよくし、痰を除きます。イライラやどうき、胸苦しいといった痰の症状が特に強いときは、痰を除く力がより強い
小柴胡湯と
半夏厚朴湯の併用がいいでしょう。