考えすぎが内臓の機能を失調させる
思鬱傷脾によって起こるこころの痛みについて。
ものごとを考えることは、体の正常な活動です。しかし、困難な問題をいつまでも解決できなかったり、心配ごとや悲しいことを考えたり、長い間単調な作業を強いられると、脾の機能が失調します。また、脾の機能を調節する肝の疏泄機能が失調した場合にも、脾の機能が失われます。
脾の機能が失調すると、栄養分を肺に送る脾の「昇清」作用と、不要なものを大腸に送る胃の「降濁」作用が乱れます「昇降失調」。そのため、悪心や嘔吐、下痢、胃の脹満感、食欲不振、胸の脇の脹り、ゲップ、酸っぱい水がこみあげてくる、といった症状が起こります。
飲食物から栄養分を吸収して全身に運ぶことができなくなるので、気や血の源が欠乏して、心が活動するおおもとが失われ、「心脾両虚」になるほか、本来栄養になるべきものが余り、「邪」に変化して湿熱を発生し、全身の代謝を妨げます「食鬱」。また、水液代謝のバランスを維持するために行う水液の運輸や排泄の機能も失調するため、水液は停滞します「湿鬱」。さらに湿鬱の状態が続くと、「痰鬱」になります。
情志によって脾の機能が低下したために起こる脾気虚の症状がある場合には「
六君子湯」を、さらに気鬱の症状が加わっているときは「
柴胡桂枝湯と
六君子湯の併用」が効果的です。
また、軽い食鬱の症状があるときには「
防風通聖散」、湿鬱には「
平胃散」と「
二陳湯」あるいは「
五苓散」か「胃苓湯」を使います。痰鬱には「
半夏厚朴湯」がいいでしょう。
基本物質の不足が臓腑の機能を低下させ不安症が慢性化する
心失所養のこころの病いにいて考えてみましょう。脾の機能失調が長びいて働きが低下すると、心と脾の活動に必要な気や血が慢性的に不足(虚)した状態になります「心脾両虚」。
心や脾の機能が低下している状況では、食欲不凝や疲労感、不眠、動悸、健忘、驚きやすいといった症状が現ます。そのうえ、希望や願いがかなえられなかったり、家庭間題、仕事上の不満、心配ごと、精神的な緊張状態が続く、ささいなことでくよくよ思い悩むといった状態が続くと、憂愁や悲哀恐れや驚きといった陰性の情志が、心神を傷つけやすくなります。
このような心失所養の状態では、①心気虚、②心血虚、③心陰虚という、三つの病態が起こりやすくなります。
心気虚と心血虚には脾や肝の機能失調が、心陰虚には肝や腎の機能失調が、それぞれ深くかかわっています。
さらに病状が進むと、心神の魂と塊のバランスがくずれ、魂が魄をコントロールできなくなります。そのため、突然泣きだしたり、笑ったり、わけのわからないことをいったり、ブツブツとひとりごとをいうなど、異常な言動をとるようになります。これを「心神惑乱」といい、「甘麦大棗湯」の適応となります。
心の活動エネルギーが不足している場合
ふだんから元気のない人が、ささいなことでくよくよしたり、悲しんだりすると、特に脾の機能が乱れやすくなります。そのため、心の活動に必要なエネルギーが不足します。
このような心気虚の状態になると、動悸が強くなり、息ぎれがして顔が蒼白になるほか、疲れやすい、汗をかきやすい、冷えやすい、舌が淡白で濡れて歯のあとがつく、脈が弱くなったり、脈拍が遅くなってリズムが不規則になるといった症状が現れます。ひどい場合には、恍惚状態となり、驚きやすくなったり、恐怖感が強くなり、悲しんだり、すぐ泣き、わけのわからないことをいうようになります。
気と血の源は同じです。そのため、多くの場合、気虚は血虚を併発し、血虚の症状をともなうと「気血両虚」となります。
このような場合は「帰脾湯」を使います。尿の色がやや濃い、口渇、冷えの症状がそれほど強くないときは「
加味帰脾湯」がいいでしょう。
心の栄養が不足している場合
心血虚では、持続性の動悸、驚きやすい、イライラや不安感が強い、寝つきが悪い、夢をよく見る、忘れっぼくなる、めまい、顔が蒼白、舌の色が淡白で細く、歯痕がハッキリせず乾燥ぎみ、肱が細くゆるやかになる、といった症状が現れます。
治療は 「
人参養栄湯」 や「
十全大補湯」で行うといいでしょう。しかし、単純な血虚より気血両虚で発病することが多いので、
加味帰脾湯をよく使います。
心の陰液が不足している場合
もともと陰虚の素質がある人が、いつまでも思い悩んだり、強い悲しみや心配ごとがあると、心陰とともに肝や腎の陰血や陰精も 損傷されます。このような心陰虚の人は、相対的に余った陽熱(「心火」) の勢いが激しくなるため、イライラや不安感、焦燥感が強い、のぼせ、激しい動悸、微熱、寝汗(「盗汗」)、顔面の紅潮、不眠、夢をよく見る、口乾、舌が紅く苔が少ない、脈が細く脈拍数が多い、といった症状を強く訴えます。このような場合は、「
黄連阿膠湯」や「
天王補心丸」などで治療します。